『攻殻機動隊』に植村直己さんの言葉が引用されていたのを読んだことがある。
「人間には、ふと立ち止まって空を見上げることが必要だ。そして、それができるのは人間だけだ」てな感じだった。
- 作者: 士郎正宗
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1991/10/05
- メディア: コミック
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自分の場合、「空を見上げる」代わりにブログを書いていたような気がする。
あいにく、空を見上げて物思いにふけるような高尚な人間ではなかったのだ。
日常生活は、ただ、だらだらと流れ去っていく。
たいしたことは、やってないくせに、次々と情報が飛び込んできて、万年、消化不良になっている。
ブログでも書かないと、立ち止まって、ゆっくりと思い出したり、考えたりはしない。
自転車通勤の時だって、仕事のダンドリを考えていたり、今日あったムカつく出来事の反芻をしてたりするし。
書くことによって、もやもやと考えていたことを整理できるし、これからは、こうしよう、と言う方針もたてられる。
書かなかったら、いつまでも、もやもやしていただろうし、何もアクションを起こさず、代わり映えしない毎日を過ごしていた、と思う。
逆に、書けなかったことは、まだ、整理できていないんだ、とわかったり、書くほどのことでもない、とわかれば、たいしたことではなかった、と気づいたりする。
例えば、自分のブログを振り返ってみると、家事をテーマにした記事が圧倒的に多い。
これは、母親が亡くなって、父親との二人暮らしになってから、家の中がひどく荒れてしまったことが、きっかけだった。
自分でも情けなくなるほどの家事ベタで、世間の人たちは、こんなことを当たり前のようにやっているのか? もっと楽に出来る方法はないのか? というあたりからスタートした。
この一年間、ブログと同時に、家事にも取り組んできたけれど、最近、ようやく、そこそこ快適に過ごせるようになってきた、と思う。
これは、ブログを書いていなかったら、たどり着けなかったのではないか、と思っている。
そして、ブログのもう一つの良いところは、自分の試行錯誤の記録が残ることだ、と思う。
以前に書いた自分のブログを読むと、こんな見当違いのことをやっていたのか、考えていたのか、と恥ずかしくなることもあるけれど、バカなりに、いろいろ、考えていたんだな、と微笑ましく思う。
思いついても、日々に暮らしに流されて、いつの間にか忘れてしまうことも多い。
ブログに書いておくと、そうだ、あれやんなきゃいけなかったんだ、と思い出すこともできる。
今では、何でこんなことになったんだっけ? とか、去年の今頃は何かやってたんだっけ、と思ったときに、自分のブログを読むとスムーズに行くことが多くなってきた。
10年日記をつけてると、毎年、この時期には、これをやっとくとスマートだ、とわかるような感じ。
ブログは、自分の考えを整理したり、忘れないように記録したり、過去の記録を見て今後の方針をたてたり、日常生活を便利にするツールなのだ。